新潟県の概要
新潟県は日本海側のほぼ中央に位置する国内有数の食料供給基地です。古くから日本海側の海運の要衝として栄え、近年は上越新幹線、高速道路、新潟空港、新潟港など交通体系が整備され、拠点性が向上しました。主要な産業としては農産物があげられ、米の収穫量は北海道についで第2位を誇ります。特に魚沼地方で栽培されるコシヒカリは「魚沼産コシヒカリ」として、食味日本一の評価を受けるトップブランドです。また、煎餅、あられなどの米菓の生産額も日本一です。
新潟県のあゆみ
新潟には縄文時代から砂丘に人々が住み着き始めましたが、現在の市域の大部分はまだ海の底だったといわれています。大化3年(647)、日本書紀によれば蝦夷防備の拠点として、朝廷により渟足柵(ぬたりのき・ぬたりのさく)が築かれました。
江戸時代には、越後は村上・新発田・長岡・高田といった藩に分けられました。また、佐渡では金・銀がたくさんとれ、徳川幕府が直接治める地として幕府の財政を支えました。徳川幕府が倒れると、越後・佐渡は11の藩と越後府・佐渡県・柏崎県に分けられました。
明治4年(1871)には廃藩置県がなされ、越後は13県に分けられましたが、県の数が多すぎたので、新潟県、柏崎県、相川(あいかわ)県の3つにまとめられました。その後明治6年(1873)に柏崎県が、明治9年(1876)に相川県が新潟県に入り、明治19年(1886)に東蒲原郡が加わって現在の新潟県の姿になりました。このときの人口は約163 万人で、全国1位でした。
昭和初期、ラジオ放送が開始され、映画館の増加も手伝って、大衆文化が隆盛しました。しかし、太平洋戦争に突入し、新潟市も多大な被害を受けます。昭和30年代には高度経済成長期を迎え、新潟市ではガス化学工業が発展しました。農業も度重なる土地改良がなされ、都市近郊農業へと変化していきました。
新潟県の名前の由来
「新潟」の由来については、元々信濃川河口部に「新潟」と呼ばれる潟があったという説と、信濃川河口部の地形の変化により新しくできた島などにできた集落を「新方」(にいかた)と読んでいたのが「新潟」(にいがた)に訛ったという説など諸説あります。
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新潟県立歴史博物館 |
| 住所: |
〒940-2035
新潟県長岡市関原町1丁目2247-2 [地図を見る] |
| 電話番号: |
0258-47-6130 |
| 開館時間: |
09:30-17:00(入館は16:00まで) |
| 休館日: |
毎週月曜日
年末年始(12月28日〜1月3日) |
| 入館料: |
一般 500円
高校・大学生 200円
中学生以下 無料 |
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